神について思う

あなたが神の真実に目覚めたのならば、
あなたは神に選ばれたのである。


あなたが神の真実に目覚めたのならば、あなたは神に選ばれたのです。

神の物は神へ。
人の物は人へ。

お金は、人が人として生きていく為に、作り出した事です。
故に、お金にまつわる事は、人の事です。
今、人の世で生きていく為に、お金は必要です。しかし、それは、あくまでも人の世の出来事です。
神の世界とは無縁です。

今の世で人として生きていく為には、お金は必要です。
しかし、それは、人として生きていく為にです。必要以上の金を蓄える事は許されません。
必要とされる金もお互いがお互いを助け合い、共に生きる為のお金だけです。
私はそれ以上のお金を蓄える事は神の為ではなく、自分の為だと想います。

イエスは、最後には、全ての弟子から見捨てられただ一人、十字架に架けられたのです。
その時、イエスは、神と一対一で対峙したのです。そして、神よ、なぜ見捨て給うたかと叫び息絶えたとマタイでは述べられています。
イエスは、神と一対一に対峙し、絶望的な言葉を叫びながらも信仰を貫いたのです。そこにキリスト教の本質が隠されている。神とイエスとの間には何者も介在していない。神とイエスとは一対一に向き合っているのです。
そして、イエスは、キリスト教で最初の殉教者です。

あなたが神の真実に目覚めたのならば、あなたは神に選ばれたのです。

人の事は、人が人として解決すべき事です。

神の名の下で金を儲ける事は許されません。
それは、教会や団体を維持する為に必要な経費を稼いでいるだけです。
それが人の世で必要な事なら許されますが、神のなすこととは無関係です。
神の存在を汚す事はできません。ただ、己自身の魂を汚すだけです。
神の名の下の事業とは信仰を実現する事以外にありません。

前回もお話ししたように、この世の全ては借り物です。
この身すら借り物です。
外見を着飾る物は洗えば汚れを落とす事ができますが、心の汚れは悔い改めない限り浄化できません。

どの様な行為も神を汚す事はできません。
ただ、自分の魂を汚すだけです。

真の義人は狂者だという思想が世界中にあります。
例えば孔子です。
孔子で最も第一級の人物は、狂者だとします。
子供が溺れようとしている時に冷静でいられる者があろうか。
狂ったように行動を起こす。これが最も最高の人物だというのです。
次に狷者。少なくとも悪い事はしない。
最悪な者は郷原。皆からいい人と言われ、自分も善人だと想っている。しかしその実、不正に目をつぶり、世の中の風潮にただ同調する者。この様な者こそ唾棄すべき者だと。

ただ自分は暴力的になる事を是とはしません。
ガンジーのような狂者もいるのです。

孟子では、浩然の気が、求められるのです。つまり、自分が間違った事をした時は、相手がどんな者でも、相手に対して恐懼し、許しをこい、反対に自分が正しいと信じた時は、相手が誰であろうと、また、敵が幾千幾万いようとも、ただ一人でも我は行かんという気概である。
浩然の気はドンキホーテにつながります。

私の信じる神は、許し尽くす神です。
人殺しも、強盗も、強姦ですら許し尽くす神です。
ただし、自らが自分の罪を認め悔い改めればという前提があります。
人は、自らの罪を認める事が難しい。更に許す事はもっと難しい。
神が人を許さないのではなく。自分が自分を許せないのです。
問題なのは、自らが自らの罪を認め、許せるかです。

あなたが神の真実に目覚めたのならば、あなたは神に選ばれたのです。

神について
http://www.k-koyano.jp/mokuji.html 神について
http://www.k-koyano.jp/money.html 金の亡者

マタイ伝より
あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。
人をさばくな。自分がさばかれないためである。
あなたがたがさばくそのさばきで、自分もさばかれ、あなたがたの量るそのはかりで、自分にも量りが与えられるであろう。

なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。
自分の目には梁があるのに、どうして兄弟にむかって、あなたの目からちりを取らせてください、と言えようか。
偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からちりを取りのけることができるだろう。
にせ預言者を警戒せよ。彼らは、羊の衣を着てあなたがたのところに来るが、その内側は強欲なおおかみである。
あなたがたは、その実によって彼らを見わけるであろう。茨からぶどうを、あざみからいちじくを集める者があろうか。
そのように、すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。
良い木が悪い実をならせることはないし、悪い木が良い実をならせることはできない。
良い実を結ばない木はことごとく切られて、火の中に投げ込まれる。
このように、あなたがたはその実によって彼らを見わけるのである。

もう一度言います。
あなたが神の真実に目覚めたのならば、あなたは神に選ばれたのです。



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