2001年1月6日

神について

神と経済



今、現在人類は、大きな曲がり角に来ている。
自由主義も、民主主義も、科学もキリスト教、一神教の本で成立したという事実を忘れてはならない。大切なのはその事実である。教義聖典を注意して読めば、その指し示す方向が見えてくる。
神の実在であり、神を信じないものは、破滅すると言う事である。
今、人類は、驕り高ぶる神を恐れなくなった。
道徳は乱れ、戦争に明け暮れ、弱者への憐憫を失おうとしている。
そして、神を信じぬ者と金だけの理由で手を結ぼうとしている。

財政赤字は、財政状態のみを見ていても解明できない。
財政が赤字か、黒字かばかりを問題にするから財政の本質が理解できないのである。
財政赤字は、お金の流れの偏りによって引き起こされる。
現金収支は、経済全体ではゼロ和なのである。赤字の主体があれば、対極に黒字の主体がある。赤字か、黒字かは、 構造的な問題であり、累積的な赤字は構造的歪みによって生じるのである。
赤字と言うより、お金が滞留し流れが悪くなっていると言う事である。滞留したお金を吸い上げ環流する必要があるのである。それが増税かというとそうとは限らない。むしろ市場や所得、金融制度と言った経済の仕組みの全体の構造を改善する必要がある。

全ての富を独占できる者はこの世にはいない。
経済とは、ギブ・アンド・テイクの関係によって成り立っている。単方向の関係ではなく。双方向の関係が基本である。そして、それが神の意志なのである。
自己を超越する何ものかの存在を前提としなければこの様な関係は構築できない。
神を否定する者は、自らを神とする。
人は皆有限な存在である。無限を前提とすべきではない。
誰かが、或いは、どこかの国だけが得をするという関係は成り立たない。個々の取引は、等価交換を前提としているのである。
神を信じない者とは経済の仕組みを共有する事は出来ないのである。

あなたは、神を否定するのですか。
信仰のみが民主主義を自由主義を市場経済を成就する事が出来る。

貨幣経済では、個人収入を基礎として成り立つ。個人収入は言い換えれば、所得である。所得は、分配の為の原資である。
所得には、労働に基づく所得と労働に基づかない所得がある。労働に基づく所得を労働所得とし、労働に基づかない所得を非労働所得とする。

生産だけでは経済は成り立たない。消費だけでも経済は成り立たない。重要なのは国際分業である。

神は、絶対的存在であり、無分別な存在である。人類が滅亡する事があったら、それは人の罪が為せる事である。人が残虐を望めば、神は残虐となり、人は愛を求めれば、神は慈愛深い存在となる。




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