2013年10月23日 11:07:32

神について思う

神の愛



科学が発達し、原子爆弾や生物化学兵器が開発された。
全面戦争が世界中を戦争に巻き込む。
貧富の格差は拡大し、飽食に明け暮れる人々が居れば、飢えに苦しむ人々が居る。
貧しい階層で人口が爆発し、豊かな社会で少子化が進む。

人々は欲望に溺れ、快楽のためならば、最愛の家族をも顧みない。
年寄りはうち捨てられ、孤独に死んでいく。
夢は、金で買われ、楽しみは、争いに勝った者にしか与えられない。

幸せとは何か。
平和とは何か。

幸せは悲しみの果てにあるのか。
幸せは、憎しみや残虐の代償か。
喜びは快楽によっしかえられないのか。
人々の心は、荒び渇いている。

欲は、人を向上させ、世の中を発展させる活力である。
性は、男と女を結びつけ、子供を産み育てる源である。
だから、私は、欲や性を否定したりはしない。
しかし、生きる活力だからこそ、適切に制御できなければ、
原子力のように社会や人生を破滅へと誘う。
だから、愛の力が求められるのである。

科学の発達は、人間の欲望を解き放った。
科学は本当に人々を幸せにしてくれるのか。
科学は、本当に人々を罪科から解放してくれるのか。

金や欲望は、人々の心から一切の情けを奪い去っていた。
親子の情愛も
家族の団欒も
友に対する誠も、
師に対する尊崇の念も
国家に対する忠誠も
仕事に対する誇りも
人々の心からはぎ取っていった。
ただ金のためにと・・・。

人々は傷つき、病み、衰えている。

最後に残されたのは、神の愛だけである。

欲は、愛によって抑制しなければならない。
性は、愛によって抑制しなければならない。
争いは、愛によって抑制しなければならない。

もうこれ以上の争いは止めなければならない。
これ以上の憎しみは沢山だ。

人々が求めているのは神の愛である。
人の憎しみではない。
科学は、人に神以上の力を与えたのではない。
科学は、人間の愚かさをあからさまにしただけだ。
科学は、人が神を必要としている事を明らかにしただけだ。

愛は自由の根源である。
愛は、欲望を抑制する法であり、規律である。
信仰は、人々を虜にする事ではなく。信仰によって自分を抑圧するのは愚かだ。
信仰は、心を解放する事である。自由にする事である。
心を解放するために、欲望を律する法が必要なのである。
それが愛の本質である。
幼子を見た時、邪な欲望を抑え、愛の力で自分を律する事を求めるのが純心である。
豚に真珠、猫に小判というけれど、真珠や小判のために豚や猫は同胞を殺したりはしない。
豚や猫と人間のどちらが、真珠や小判の真の価値を知っているというのだろうか。
そこにこそ神の意志が隠されている。
なぜ、幼子を見ると愛おしく思うのか。
その心を人々が失った時、神の裁きの時は始まるのである。

最後に残された希望は、神の愛である。
信じる事、それが信仰である。



神の愛

全ては愛から始まる
愛別離苦 怨憎会苦
神はすべてを許される。
聖人
許せない理由

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