2011年4月21日

神について思う

父が逝く


四月十九日、親父が逝きました。

大きな客船が波止場に接岸する時の様に、
静かに、静かに、息を引き取りました。
享年。九十一歳。

一人、病室を訪ね。
「親父、親父。」と声をかけた時、
父は、うっすらと目を開けて
「嗚呼、よく寝た。」と呟きました。
「どう。」と聞いたら、
「疲れたよ。」と父は、応えました。
「そんなこと言わずに頑張ろうよ。」と私が励ましたら
親父は、
「頑張っても駄目なものは駄目なんだ。」と目に涙を溜めて哀しそうに言い返してくるのです。
それを聞いて、私は少し狼狽えました。
それが、私に聞き取れた父の最後の言葉です。

臨終の日、私は、ずっと父の手を握りしめていました。
すると親父は時折握り返してきました。
それは力強く、何かを訴えるように私の手を握り返してくるのです。

最後は、親父らしく、
孫の輝一が来るのを待ち、しっかりと手を握りしめ。
母と、私と私の妻と貴光と、そして、輝一が談笑しているのを邪魔しないよう、
誰にも気づかれない内にそっと旅立っていきました。

夜、立つと聞いていたのに、まだ明るい内に何も言わず父は、去っていてしまいました。

涙は出ませんが、
情けないことに言葉がでません。
親父のいない世界なんて考えられません。

私は、親父が好きです。今でも・・・。
良い親父でした。
親父と仕事ができたことは私の誇りです。
そして、本当に幸せでした。

それに引き替え私は、いい息子だったのかなと思います。
手助けをするどころか、苦労ばかりをかけてしまった気がします。
親孝行のようなことも何もできませんでした。

小谷野孝次の息子だと言う事は、私のこれからの生き様によって証明していかなければならないと思います。

父のやり残した事業、成し遂げられなかった遺志を引き継ぎ。
そして、遺された母と家族を渾身の力を持って守り抜いていこうと思います。
どうか、非力な私に皆様の力をお貸しください。

親父に会いたい。
親父の声を話や歌が聴きたい。
声が聞きたい。
それも叶わぬ夢になってしまったけれど、
それでも尚、いつか又、きっと親父に会えると信じて生きていこうと思います。

棺に蓋を覆う時、
生前、録音しておいた親父が歌う
裕次郎の「我が人生に悔いはなし」のテープを輝一が会場に流してくれました。
期せずして参列者が声を合わせ合唱してくれました。
皆、差の時舞う互いまでも耳に残っていると言います。

親父は、辛気くさいことが大嫌いです。
だから、三本締めでおくることにしました。
親父、親父、ありがとう。
親父・・・。

父が私達に遺してくれたのは、私達の未来だと思います。
だから、父をいつまでも記憶の中に残し、前向きに生きていきたいと思います。
父は、今でも私の心の奥底で微笑んでいてくれます。




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