僕は、神は空間に宿す存在だと思いますね。
清浄な場所に行った時、そこに何ものかが存在する気配がしたり、
雲の合間からの木漏れ日に神聖な何かを感じたり、
一つのことを成し遂げた時、ふとそこに誰かが居るように話しかけたり。
そうですよね。神は心の中にいるんだと思います。
でも、その心象風景が何かの形で表に現れた時、そこには、現世とは違う異界が生じるのだと思います。
目には見えないが、確かに存在する自己を超越した何者かの存在。
差れが、空間を不思議な気、力で充たしている。
その清浄さにこそ、聖なる者が存在する。
それを日本人は直観的に感じていた気がしますね。
魂の拠り所を。救いをですね。
空間的に・・・。
僕は、それが不立文字。
形としての哲学を日本人にもたらした気がします。
何も存在しない。しかし、だからこそ何かを感じる。
別に、日本人は、偶像崇拝なんかを禁じてはいない。
ただ、偶像を崇拝する気になれなかったんじゃあないですかね。
目に見える形にしたとき、嘘になる。
しかし、目に見えなければ、神話も真実になる。



             

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神は空間に宿る