2001年1月6日

神について

誰の世話にもならない







俺は、今まで一度だって他人に迷惑なんてかけてこなかった。
 これからだって他人の世話にはならない。
 況わんや、神の世話になるつもりなんてさらさらない。
 神様の力を借りずとも生きていけるさ。
 余計なお世話だ。

 小太りした若者が、ふてぶてしい態度で投げやりな口調でそう呟いた。

 その方は、その若者の顔をじっと見て、次のように語りかけられた。

 親に迷惑をかけない子はいません。
 誰もが、生まれたばかりの時は、一人で生きていく事ができないのです。
 おなかがすいたと言っては泣き叫び、おしっこをしては、むづかる。

 人は、自分が壮健な時は、自分一人の力で生きているように思い込む。
 他人の世話になる時は、自分が弱っている時です。
 病に倒れ、あるいは、傷つき。
 また、この世に生まれでた時、老いさらばえて歩くことさえままならないようになった時、人は、一人では生きていけないことを悟るのです。
 道に迷い。
 どうしていいか解らなくなった時。
 悩み苦しむ時。
 はじめて、自分一人で生きてきたのではない事を知るのです。

 私達は、生きているのです。
 私達は、生かされているのです。
 多くの生き物を犠牲にして私達は生きているのです。
 神の恵みによって生かされているのです。
 生きとし生きる者にとって神は、常に、必要なのです。
 迷惑と言えば、我々の存在そのものが、迷惑なのです。
 だからこそ、迷惑をかけてはいけないとは言いません。
 自分が、周囲の者に迷惑をかけていることを自覚すべきなのです。
 迷惑をかけていることを自覚して感謝すべきなのです。

 そう言われるとその若者は、急に不機嫌そうになって、吐き捨てるように言った。

 俺は、何も生んでくれと頼んだわけではない。
 親が勝手に産んだのだ。
 何を俺に感謝をしろというのか。
 親の都合で産んでおいて、今更、感謝しろはないだろう。

 そう言われるとその方は、その若者の目を見つめ、次のように諭(さと)された。

 人に感謝するのは、幸せになるためです。
 人を恨んだところで何になるでしょう。
 ただ、不幸になるだけです。
 親を呪ったところで、幸せになれるわけではありません。
 一度この世に生を受けた以上、生かされる喜びを知り、神に感謝してこそ報われるのです。
 神が我々を必要としているのではありません。
 我々が神を必要としているのです。
 それなのに、神は、我々を祝福し、その恵みを分け与えてくれるのです。

 他人のために感謝をするのではありません。
 自分の為に、感謝するのです。
 自分が救われるために感謝するのです。
 自分が幸せになるために、感謝するのです。
 自分が報われるために感謝するのです。
 神の愛に感謝するのです。
 生かされていることに感謝するのです。

 人は、幸せになるために、産まれてきたのです。

 それを聞くと、その小太りした若者は、怪訝そうな顔をして、
 えっ、幸せになるために産まれてきたのですかと聞き返した。

 その方は、優しく微笑まれると次のように語った。

 そうです、人は幸せになるために、産まれてきたのです。
 でも、幸せになるためには、努力する必要があります。
 何に、喜びを見出すかが大切なのです。
 砂漠のように過酷な環境の中で一生懸命生きようとしている生き物はたくさんいます。
 渇いた喉には、一杯の水ほど美味しい物はありません。
 甘露です。
 砂漠では、一杯の水で幸せになれるのです。
 しかし、美味しい物ばかり食べている者は、どんなに贅沢な物を食べても満ち足りることはありません。
 足らざるは貧なりです。
 満ち足りることを知らない者は貧しいのです。
 自分の境遇を嘆いてばかりいたら幸せにはなれません。
 自分が望まなければ幸せにはなれないのです。

 どんなに豊かな生活をおくっているように見える者でも、満ち足りない者はいるものです。
 有り余る物に囲まれ、山海の珍味を食べても、貪欲に珍奇な物を求めて止まない。
 多くの美女にかしずかれても、一人の女性も愛する事ができない。
 そう言う人は沢山います。
 手に入らない物がなく、有り余る物に囲まれながら、満ち足りることを知らずに、その上、失うことを怖れていたら、心の安まる時、安寧は、得られません。

 幸せは、自分の心の有り様で決まるのです。
 幸せは、自分が勝ち取るものです。
 幸せは、自分の心の内にあるのです。

 幸せになりたいと一心不乱に祈り、一生懸命に念じるのです。
 それが、信仰なのです。
 自分が幸せになるためには、自分の周囲の人を幸せにしなければなりません。
 そうやって人々の幸せを自分のものとしていくのです。
 それが、神への願い、想いなのです。



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