青白い顔をし、亡霊のように憔悴した男が、呪うように言った。
 私は、神を捨てた。
 神は、肝心な時に、救いの手を伸ばしてくれなかった。助けを求めた時に、何も言われなかった。神は、沈黙をしたのだ。

 その方は、その者を、哀れむように応えられた。
 神は、沈黙する。
 悩み、苦しみ、神に救いを求めた肝心な時、神は、沈黙をする。その沈黙こそ、神の真実の答えだからだ。
 聖人君子だって、おなかがすいた時は、食事をする。聖人も君子も糞尿をする。聖人君子も老い、衰える。聖人君子も病気になる。聖人君子だって、死ぬ時は、死ぬ。聖人君子ですら、人間としての宿命から逃れることはできない。人が、それを見て、なぜと問うた時、神は沈黙する。
 どのような聖人でも、世に受け入れられなずに、迫害を受けることがある。その時、神は沈黙する
 人は、その時、神が、その人を見捨てたと思う。しかし、それは、錯覚である。神の沈黙こそ、神の意志だからである。
 逃れえぬ現実を、たとえ、それが耐え難い苦杯であったとしても、あるがままに受け入れることが、神の意志なのである。

 神は、何か、申されたか。神は、何かを、約束されたか。神は、何も、申されてはいない。神は、何も、約束されてはいない。あたかも、神が、何かを、申され。何かを約束されたがごとく言う者がいる。そして、それを言葉にし、自らの教えに置き換えようとする者がいる。しかし、その言葉は、神から発せられた言葉ではない。人の言葉である。人が神の名の下に何かを言い。神の名の下に何かを約束したとしても、神がそれを守る義務はない。

 お前の姿を見ればいい。神を呪うことの報いは、汝が受けなければならない。

 そう言われると、その男は、悲鳴を上げ、頭を抱えてうずくまってしまった。
 それを、見て最後にその方は、一言、付け加えられた。
 神は、何も語らない。何かを語れば、それは、神ではない。

 もし仮に、人類が滅亡する寸前に神に救いを求めたとしても、神は、沈黙するであろう。人類の運命を決するのは、人類だからである。




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沈  黙